
| 3 「よう、澪月。」 学コの廊下ですれ違った時、凄御が声を掛けてきた。 俺はいつもの通り無視を決め込んだ。 「マッポに捕まって、停学くらったんだって?」 背中から嫌味な声。いつの話だよ。 あの日から、別段こいつと話すこともないし、話したくもなかったから会ってもシカトしていた。 「おおかた、どんくさくて逃げられなかったんだろ。」 今日はやけに挑発してくる。思わず振り返った。 逃げられなかったんじゃねー。逃げなかったんだ。バカヤロウ。 俺は凄御を睨みつけた。 「飛龍 海昊なんかにシッポ振ってっからそんなコトになんじゃねーの?」 「てめぇ!!」 「坡!」 俺は、凄御の胸座を掴んだ。轍生が止める。 「轍生、離せ!やっぱこいつ一発殴ってやるわ!」 俺は、肘を振って轍生の制止を振り払った。 俺のことはともかく、海昊さんのことを侮辱すんのは、絶対ぇ許さねぇ!! 「バカ!考えてみろ!今、殴っちまったら停学じゃすまねーぞ!」 あ……。 我に返って俺は凄御を掴んでいる手を緩めた。 凄御はにやけた顔で笑っている。 「そーだよなぁ。ついこないだ停学解けたっつーのに。学コで暴力。退学かもなぁ?」 さらに挑発してくる凄御。俺は拳を強く握った。 「行くぞ、轍生。」 舌打ちして背を向けると、凄御が止めた。 んだよ。これ以上、ムカつかせんな。 「ア・テスト。通知こねーといいな。」 じゃあな。鼻で笑った凄御は、片手を振って遠ざかっていった。 ア・テスト―――アチーブメント・テスト。神奈川県内の公立高校の選抜方式だ。 神奈川方式。とも呼ばれ、内申書と学力試験に加えて選考資料に使用される。 K学は、私立で高等部進学は、基本、エスカレーター式―――自動的に進学。 だが、中等部2学期末まで一定以上の成績を保ってないと、高等部から拒否られることもあるんだ。 で、拒否られたら、ア・テストを受けなきゃならない。 やばい。やばいわ、絶対ぇやばい。 自慢じゃないけど、成績悪い。 先生の受けも、悪い。 職員室での評判も最悪だろう。 ……だぁっ!! 俺は頭を抱えた。 ア・テスト受けて、もしも点数とれなかったら、やっぱり進学は無理。 他の高校なんて行きたかねーし。 「大丈夫だって。まだ通知がくるかわかんねーじゃん。」 「大丈夫っていえるかぁ?俺、2学期末赤点3つあったぜ?」 国語に社会、理科もヤバい。と、指折り数える。 文系が特に苦手だが、基本的にテスト勉強なんてしたことがない。 唯一英語だけ平均点よりいっている程度。 しかも、1年のときは授業もさぼりまくってたから単位もヤバい。 義務教育っていっても、うちは私立だから、そのへんは厳しいんだ。 単位がとれなかったら、内申に響いて、進学させてもらえない。 そりゃ、自分で蒔いた種だけど。 前までは、高校いかないで働く。とかえらそうなこと、言ってた。 けど、今は、海昊さんと同じココに居てぇよ。 K学は、中等部と高等部がV字になって建っているから、行き来できるんだ。 だから、高1になっても中3の海昊さんと変わらず会える。 そーいえば。 俺は、隣の何故か余裕そうな轍生を見た。 「お前、どーなわけ?」 「え?俺は、赤点2つ。」 ……。って。 「やべーじゃねーか!!」 「やべーか!」 俺と轍生の声。かぶった。 そりゃそうだ。こいつだって、頭は良くない。俺と一緒に授業もさぼってた。 同類。 「……轍生。」 「おう。」 勉強すっぞ!! 俺は、一念発起。高校進学の為に勉強しよう。と、自らを鼓舞した。 そして、思った通り。 終業式の放課後。俺と轍生は先生から呼び出しを食らった。 そして、ア・テストの通知に、山積みの冬休みの宿題。おまけに、補習。 「はぁ―――……」 大きなため息をついて、教室に戻った俺に、海昊さんは待っててくれた。 何やそれは。と、俺たちのお土産。を見て笑った。 「いやぁ。恥ずいっス。……俺ら、ア・テスト受けなきゃなんないみたいで……」 他人事のような言い方をして、K学の制度を説明した俺を、黙って聞いてくれた。 海昊さんは、頷く。 「ほなら、頑張らんとな。」 「はい。」 絶対、高等部に上がる! 俺は、宿題の束を握りしめた。 あ、そうだ。と、我に返って海昊さんに訊いてみた。 「滄さん、教えてくれないっすか、ね?」 俺ら二人じゃラチがあかなくなりそう。と、轍生も同意。 滄さんの予定はわからないが、来るか。と、言ってもらえた。 「え?ア・テスト?」 丁度、滄さん家には、あさざさんに、斗尋さん。白紫さんも来ていた。 皆、私立だから、公立より終業式が早い。 だから、公立小学校に通う細雨は、まだ帰宅していなかった。 もちろん、まだ皆の傷は癒えてはいない。けど、前に進まなくては。 そんな雰囲気が伝わった。 「忙しい中すみません。」 俺たちが頭を下げると、滄さんは、俺と斗尋は、就職決まったし。と。言ってくれた。 あさざさんと白紫さんは、進学予定らしいが、大丈夫よ。と、笑った。 「でも、こんなバカに聞いてもムダよ?坡くん。」 次いで、あさざさんは、滄さんを指さして言った。 台所でお茶を入れている。 「何だと?」 「何?本当のことでしょ。」 「はあー?」 相変わらず仲良しの夫婦ケンカ。ほほえましい。 そんな二人を日常茶飯事。と、斗尋さんと白紫さんは、台所のテーブルについて笑った。 海昊さんも俺らと一緒に居間に腰下して微笑した。 「あ、でも、一応高等部にいるんスから……。」 「一応って……坡。まぁいいや、見せてみ。」 あ、すんません。口が滑った。と、言って両手で口を抑える俺。 斗尋さんが大笑いした。 「ったく。お前も同類だろ。……何々?数学?……」 滄さんは、斗尋さんを睨んで、俺からア・テストの過去問題を受け取る。 問題を声に出して読んだ。 右の図の三角形ABCは、頂点Aが80℃の二等辺三角形です。 2点D,Eは、それぞれ辺AB,ACの中点です。∠BDEの二等分線と辺BCとの交点をFとするとき。 ∠DFCの大きさを求めなさい。 「フムフム……」 滄さんは顎に手を添えた。数回頷く。 シャーペンを持って、俺らが座る居間に腰下した。 ……。 「で?」 あさざさんもこっちに来て、突っ込んだ。 「でー、三角形ABCは二等辺三角形なんだろ。だから、∠Bと∠Cは同じ50℃。」 うん。三角形の内角の和は180℃だから、180から80を引いて2で割ればいい。 それは、わかる。 「で、∠DFCを求めればいんだろ。……えっと。」 滄さんは、∠Bと∠Cに50と書き込んだ。 ……。 「あ、わかんなくなった。中2だよー。中2の問題わからないの?しかも、アテスト受験組なのに!」 「うっせぇなぁ!チャチャいれんなよ、考えてんだから!」 「そんな考えなきゃわからないのが、問題なのよ。」 「はぁ?斗尋だってわかんねーだろが!」 「巻き込むな、俺を。勉強は造担当だ。」 あ、また始まった。あさざさんと滄さんのケンカ。 台所で斗尋さんは自ら蚊帳の外にいて、白紫さんは微笑みながらお茶を飲んでいた。 一向に進まない。勉強。 俺と轍生は顔を見合わせる。 「なぁ、坡。∠ADEは50℃なんちゃう?」 突然海昊さんが、自分のほうに問題用紙をひきよせて言った。 問題用紙を覗き込み、海昊さんは、丁寧に説明してくれる。 「2点、D,Eは、辺AB,ACの中点なんやろ?せやったら、中点連結定理でDE//BCで、同位角が等しくなるさかい、∠ADE=∠Bやない?」 「え、あ!なるほど。すっげぇ。海昊さんなんでできるんすか!」 中1在中の海昊さんが、高3の滄さんがわからない問題を解けるなんて、すごすぎる。 しかも威張るわけでも驕るわけでもなく、謙遜した。 あさざさんが、初めから海昊くんに教えてもらえばよかったのよ。と、滄さんを睨む。 滄さんはじゃあ、交代な。と、海昊さんにシャーペンを手渡した。 海昊さんは、やっぱり恐縮して、シャーペンを受け取る。 「えっと、……∠BDEの二等分線と書いてあるやろ。せやから∠BDF=∠FDEや。ほなら、∠BDFは?」 お。わかる。わかる。そっか。したら、180℃から∠ADEの50℃を引いて、2で割る。 「65?」 海昊さんは、大きく頷いた。轍生も成程、そしたら、∠DFCが求まる!と、声を上げた。 ∠Bと∠BDFを足せばいいんだ。と、轍生と声を揃える。 50℃+65℃。だから。 「115℃」 「大正解や。」 おー。解りやすい。やっぱすごいな、海昊さん。 滄さんもそっか。と、頷いて、あさざさんにはたかれた。 「よっくそれで、高3やってるわね。」 「うるせ。現役中学生じゃねんだから、忘れたよ。」 「現役でもわからないでしょうが。」 「あー?何だと?」 またまた始まった。何度目かもわからない、夫婦喧嘩。 みかねて、白紫さんが、止めに入った。 「海昊さん!冬休み、特訓おねがいします!」 「俺も!お願いします!」 俺と轍生は一斉に頭を下げた。 海昊さんは、戸惑いを隠さずに、自分にできる範囲なら。と、言ってくれた。 滄さんは、場所は提供する。と、口にして、やはりあさざさんにはたかれた。 とりあえず、OK!よっしゃ!!頑張るぞ! 「あ、そういえば、海昊。坡たちにあの事、言ったか?」 滄さんの言葉に、海昊さんはそうや。と、俺たちに向き直った。 「25日な。集会開こう思うとるんよ。」 海昊さんは、言った。 BADとBLUESの合同集会。だという。 あのあと。頭がいなくなったBLUESは、散り散りになったと聞いていた。 そんなBLUESに海昊さんは、手を差し伸べた。 「もう抗争なんておこさんように。皆、バイクが好きで、走っとるんや。抗争なんて、必要あらへんやんか。」 箜騎さんたち、YOKOHAMA BAY ROAD。のような、関係。 そうなりたいんや。と、言った。 海昊さんは、本当にすごい。自分たちBADのことだけじゃなく、敵だったBLUESのことも考えてる。 皆、解ってくれるはずだ。と。 俺を受け入れてくれた時みたいに。 「坡、轍生。賛成、してくれるやろ?」 「もちろんっス。」 「はい。」 俺と轍生は、大きく頷いた。海昊さんは、おおきに。と、左エクボをへこませた。 滄さんや斗尋さんも笑っていた。 そして、海昊さんは言った。 「ワイ、紊駕に会うてこよ、思うんや。」 半ば独りごちるように、海昊さんは、続ける。 「あいつのこと、信じとるはずやったんに、どこかで疑うとった。」 ――それは、仲間やないゆうことなんか。 ――信用してへん、ゆうことなんか。 如樹さんを殴った、海昊さんの切なく辛そうな顔、フラッシュバック。 「口でゆう必要あらへんのや。わざわざ弁解みたいに。……そーゆうの、紊駕が一番嫌いなん、知っとたんに。ワイが信じられへんかったんよ。」 海昊さんは、短く息をはいた。 「会えるかわからんけど……病院で聞いてもええし、せやけど――、ケジメ、つけ行くわ。」 BADのコトは任せろ。気にするな。海昊さんの気持ち、きっと伝わるはず。 いや、如樹さんのことだ。そんなこと、百も承知だろう。 二人とも、本当にかっこいい。 優しくて、強くて、仲間を思いやれて。最高にかっこいいっスよ。 俺は、心の中で海昊さんと如樹さんと称えた―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |