Dark to Light
                                
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 「よう、澪月れづき。」

学コの廊下ですれ違った時、凄御すざみが声を掛けてきた。
俺はいつもの通り無視を決め込んだ。

 「マッポに捕まって、停学くらったんだって?」

背中から嫌味な声。いつの話だよ。
あの日から、別段こいつと話すこともないし、話したくもなかったから会ってもシカトしていた。

 「おおかた、どんくさくて逃げられなかったんだろ。」

今日はやけに挑発してくる。思わず振り返った。
逃げられなかったんじゃねー。逃げなかったんだ。バカヤロウ。
俺は凄御を睨みつけた。

 「飛龍 海昊ひりゅう かいうなんかにシッポ振ってっからそんなコトになんじゃねーの?」

 「てめぇ!!」

 「つづみ!」

俺は、凄御の胸座を掴んだ。轍生てつきが止める。

 「轍生、離せ!やっぱこいつ一発殴ってやるわ!」

俺は、肘を振って轍生の制止を振り払った。
俺のことはともかく、海昊さんのことを侮辱すんのは、絶対ぇ許さねぇ!!

 「バカ!考えてみろ!今、殴っちまったら停学じゃすまねーぞ!」

あ……。
我に返って俺は凄御を掴んでいる手を緩めた。
凄御はにやけた顔で笑っている。

 「そーだよなぁ。ついこないだ停学解けたっつーのに。学コで暴力。退学かもなぁ?」

さらに挑発してくる凄御。俺は拳を強く握った。

 「行くぞ、轍生。」

舌打ちして背を向けると、凄御が止めた。
んだよ。これ以上、ムカつかせんな。

 「ア・テスト。通知こねーといいな。」

じゃあな。鼻で笑った凄御は、片手を振って遠ざかっていった。
ア・テスト―――アチーブメント・テスト。神奈川県内の公立高校の選抜方式だ。
神奈川方式。とも呼ばれ、内申書と学力試験に加えて選考資料に使用される。

K学は、私立で高等部進学は、基本、エスカレーター式―――自動的に進学。
だが、中等部2学期末まで一定以上の成績を保ってないと、高等部から拒否られることもあるんだ。
で、拒否られたら、ア・テストを受けなきゃならない。

やばい。やばいわ、絶対ぇやばい。
自慢じゃないけど、成績悪い。
先生の受けも、悪い。
職員室での評判も最悪だろう。

……だぁっ!!
俺は頭を抱えた。
ア・テスト受けて、もしも点数とれなかったら、やっぱり進学は無理。
他の高校なんて行きたかねーし。

 「大丈夫だって。まだ通知がくるかわかんねーじゃん。」

 「大丈夫っていえるかぁ?俺、2学期末赤点3つあったぜ?」

国語に社会、理科もヤバい。と、指折り数える。
文系が特に苦手だが、基本的にテスト勉強なんてしたことがない。
唯一英語だけ平均点よりいっている程度。
しかも、1年のときは授業もさぼりまくってたから単位もヤバい。
義務教育っていっても、うちは私立だから、そのへんは厳しいんだ。
単位がとれなかったら、内申に響いて、進学させてもらえない。

そりゃ、自分で蒔いた種だけど。
前までは、高校いかないで働く。とかえらそうなこと、言ってた。
けど、今は、海昊さんと同じココに居てぇよ。
K学は、中等部と高等部がV字になって建っているから、行き来できるんだ。
だから、高1になっても中3の海昊さんと変わらず会える。

そーいえば。
俺は、隣の何故か余裕そうな轍生を見た。

 「お前、どーなわけ?」

 「え?俺は、赤点2つ。」

……。って。

 「やべーじゃねーか!!」

 「やべーか!」

俺と轍生の声。かぶった。
そりゃそうだ。こいつだって、頭は良くない。俺と一緒に授業もさぼってた。
同類。

 「……轍生。」

 「おう。」

勉強すっぞ!!
俺は、一念発起。高校進学の為に勉強しよう。と、自らを鼓舞した。

そして、思った通り。
終業式の放課後。俺と轍生は先生から呼び出しを食らった。
そして、ア・テストの通知に、山積みの冬休みの宿題。おまけに、補習。

 「はぁ―――……」

大きなため息をついて、教室に戻った俺に、海昊さんは待っててくれた。
何やそれは。と、俺たちのお土産。を見て笑った。

 「いやぁ。恥ずいっス。……俺ら、ア・テスト受けなきゃなんないみたいで……」

他人事のような言い方をして、K学の制度を説明した俺を、黙って聞いてくれた。
海昊さんは、頷く。

 「ほなら、頑張らんとな。」

 「はい。」

絶対、高等部に上がる!
俺は、宿題の束を握りしめた。
あ、そうだ。と、我に返って海昊さんに訊いてみた。

 「あおいさん、教えてくれないっすか、ね?」

俺ら二人じゃラチがあかなくなりそう。と、轍生も同意。
滄さんの予定はわからないが、来るか。と、言ってもらえた。

 「え?ア・テスト?」

丁度、滄さん家には、あさざさんに、斗尋とひろさん。白紫しさきさんも来ていた。
皆、私立だから、公立より終業式が早い。
だから、公立小学校に通う細雨ささめは、まだ帰宅していなかった。

もちろん、まだ皆の傷は癒えてはいない。けど、前に進まなくては。
そんな雰囲気が伝わった。

 「忙しい中すみません。」

俺たちが頭を下げると、滄さんは、俺と斗尋は、就職決まったし。と。言ってくれた。
あさざさんと白紫さんは、進学予定らしいが、大丈夫よ。と、笑った。

 「でも、こんなバカに聞いてもムダよ?坡くん。」

次いで、あさざさんは、滄さんを指さして言った。
台所でお茶を入れている。

 「何だと?」

 「何?本当のことでしょ。」

 「はあー?」

相変わらず仲良しの夫婦ケンカ。ほほえましい。
そんな二人を日常茶飯事。と、斗尋さんと白紫さんは、台所のテーブルについて笑った。
海昊さんも俺らと一緒に居間に腰下して微笑した。

 「あ、でも、一応高等部にいるんスから……。」

 「一応って……坡。まぁいいや、見せてみ。」

あ、すんません。口が滑った。と、言って両手で口を抑える俺。
斗尋さんが大笑いした。

 「ったく。お前も同類だろ。……何々?数学?……」

滄さんは、斗尋さんを睨んで、俺からア・テストの過去問題を受け取る。
問題を声に出して読んだ。

右の図の三角形ABCは、頂点Aが80℃の二等辺三角形です。
2点D,Eは、それぞれ辺AB,ACの中点です。∠BDEの二等分線と辺BCとの交点をFとするとき。
∠DFCの大きさを求めなさい。

 「フムフム……」

滄さんは顎に手を添えた。数回頷く。
シャーペンを持って、俺らが座る居間に腰下した。
……。

 「で?」

あさざさんもこっちに来て、突っ込んだ。

 「でー、三角形ABCは二等辺三角形なんだろ。だから、∠Bと∠Cは同じ50℃。」

うん。三角形の内角の和は180℃だから、180から80を引いて2で割ればいい。
それは、わかる。

 「で、∠DFCを求めればいんだろ。……えっと。」

滄さんは、∠Bと∠Cに50と書き込んだ。
……。

 「あ、わかんなくなった。中2だよー。中2の問題わからないの?しかも、アテスト受験組なのに!」

 「うっせぇなぁ!チャチャいれんなよ、考えてんだから!」

 「そんな考えなきゃわからないのが、問題なのよ。」

 「はぁ?斗尋だってわかんねーだろが!」

 「巻き込むな、俺を。勉強はみやつ担当だ。」

あ、また始まった。あさざさんと滄さんのケンカ。
台所で斗尋さんは自ら蚊帳の外にいて、白紫さんは微笑みながらお茶を飲んでいた。

一向に進まない。勉強。
俺と轍生は顔を見合わせる。

 「なぁ、坡。∠ADEは50℃なんちゃう?」

突然海昊さんが、自分のほうに問題用紙をひきよせて言った。
問題用紙を覗き込み、海昊さんは、丁寧に説明してくれる。

 「2点、D,Eは、辺AB,ACの中点なんやろ?せやったら、中点連結定理でDE//BCで、同位角が等しくなるさかい、∠ADE=∠Bやない?」

 「え、あ!なるほど。すっげぇ。海昊さんなんでできるんすか!」

中1在中の海昊さんが、高3の滄さんがわからない問題を解けるなんて、すごすぎる。
しかも威張るわけでも驕るわけでもなく、謙遜した。
あさざさんが、初めから海昊くんに教えてもらえばよかったのよ。と、滄さんを睨む。
滄さんはじゃあ、交代な。と、海昊さんにシャーペンを手渡した。
海昊さんは、やっぱり恐縮して、シャーペンを受け取る。

 「えっと、……∠BDEの二等分線と書いてあるやろ。せやから∠BDF=∠FDEや。ほなら、∠BDFは?」

お。わかる。わかる。そっか。したら、180℃から∠ADEの50℃を引いて、2で割る。

 「65?」

海昊さんは、大きく頷いた。轍生も成程、そしたら、∠DFCが求まる!と、声を上げた。
∠Bと∠BDFを足せばいいんだ。と、轍生と声を揃える。
50℃+65℃。だから。

 「115℃」

 「大正解や。」

おー。解りやすい。やっぱすごいな、海昊さん。
滄さんもそっか。と、頷いて、あさざさんにはたかれた。

 「よっくそれで、高3やってるわね。」

 「うるせ。現役中学生じゃねんだから、忘れたよ。」

 「現役でもわからないでしょうが。」

 「あー?何だと?」

またまた始まった。何度目かもわからない、夫婦喧嘩。
みかねて、白紫さんが、止めに入った。

 「海昊さん!冬休み、特訓おねがいします!」

 「俺も!お願いします!」

俺と轍生は一斉に頭を下げた。
海昊さんは、戸惑いを隠さずに、自分にできる範囲なら。と、言ってくれた。
滄さんは、場所は提供する。と、口にして、やはりあさざさんにはたかれた。
とりあえず、OK!よっしゃ!!頑張るぞ!

 「あ、そういえば、海昊。坡たちにあの事、言ったか?」

滄さんの言葉に、海昊さんはそうや。と、俺たちに向き直った。

 「25日な。集会開こう思うとるんよ。」

海昊さんは、言った。

BADバッドBLUESブルースの合同集会。だという。
あのあと。頭がいなくなったBLUESは、散り散りになったと聞いていた。
そんなBLUESに海昊さんは、手を差し伸べた。

 「もう抗争なんておこさんように。皆、バイクが好きで、走っとるんや。抗争なんて、必要あらへんやんか。」

箜騎こうきさんたち、YOKOHAMAヨコハマ BAYベイ ROADロード。のような、関係。
そうなりたいんや。と、言った。

海昊さんは、本当にすごい。自分たちBADのことだけじゃなく、敵だったBLUESのことも考えてる。
皆、解ってくれるはずだ。と。
俺を受け入れてくれた時みたいに。

 「坡、轍生。賛成、してくれるやろ?」

 「もちろんっス。」

 「はい。」

俺と轍生は、大きく頷いた。海昊さんは、おおきに。と、左エクボをへこませた。
滄さんや斗尋さんも笑っていた。
そして、海昊さんは言った。

 「ワイ、紊駕みたかに会うてこよ、思うんや。」

半ば独りごちるように、海昊さんは、続ける。

 「あいつのこと、信じとるはずやったんに、どこかで疑うとった。」

――それは、仲間やないゆうことなんか。
――信用してへん、ゆうことなんか。

如樹きさらぎさんを殴った、海昊さんの切なく辛そうな顔、フラッシュバック。

 「口でゆう必要あらへんのや。わざわざ弁解みたいに。……そーゆうの、紊駕が一番嫌いなん、知っとたんに。ワイが信じられへんかったんよ。」

海昊さんは、短く息をはいた。

 「会えるかわからんけど……病院で聞いてもええし、せやけど――、ケジメ、つけ行くわ。」

BADのコトは任せろ。気にするな。海昊さんの気持ち、きっと伝わるはず。
いや、如樹さんのことだ。そんなこと、百も承知だろう。
二人とも、本当にかっこいい。
優しくて、強くて、仲間を思いやれて。最高にかっこいいっスよ。
俺は、心の中で海昊さんと如樹さんと称えた―――……。



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